しばらくの間、
コチラに引っ越すことにします。
http://archikata.blog25.fc2.com/
落ち着いたら戻ってくることにします。
明けましておめでとうございます。
しばらく放置していて、今後もどうにかできるのかと言われるとまったくもって自信がないのだが、激動の2007年がおわりホッと一息ついたところなので、エントリーなど起こしてみました。
昨年で30になり、ある程度の実務経験を積んだところなので、
多少は経験を元に話しを出来るようになってきましたし、
技術的な側面も交えて建築を語っていくのも面白いのかなぁと思っているところです。
このブログを動かしているmovabletypeというシステムも放置しているうちにver4がリリースされているようで、インストールしたいのですが、メザマシ実験室のログも消えてしまうのでアップグレードを躊躇しているところです。
ネットでアウトプットしないようになってから実にいろいろなことがありました。
その辺を踏まえて更新できるようになればと思います。
なにはともあれ宜しくお願いいたします。m(_ _)m
母校に顔を出してきました。
今、相当に忙しい僕に、もう一個試練です。
一級の勉強だけで、精一杯ですってば。
でも、たぶんそろそろやらなくてはいけないことだったりするのもまた事実。
例えば、ロジックなんて言葉を使ったのは、もう何年ぶりだろうって感じだし、
使い勝手云々より、むしろそれを感じさせなかった自分にビックリ。
いつでも、戻れるという確信を持ったとともに、一抹の不安が。
そう、それって、昔買いあさったブランド物の服を見て、タイトルのような感想を持つことと同義なのかもしれない。
それは、その頃、ムリ目なサイズを選んだ僕が悪かったのかもしれないし、
一方で昔に比べて腹が出た自分がいたりもするんだろう。
ここの効用、時間も空間からももはや切り離された場所だけど、
そういった事を、思考訓練するのに必要な場所なのかもしれない。
サイトで稼ぐのは、それ専門のサイトを作らなければ無理、
というのが僕の結論です。
そんなわけで、もう少し自分ユースなブログスタイルを探そうと模索しています。
まずは、movabletypeのバージョンアップが必須なようですが、これを真剣にやってtagInvokeなどのプラグインを入れだすと、あっという間にあったかい季節になりそうなので、繋ぎとして記事を量産できるブログサービスとブログパーツを使ってみようと思います。
ブログサービスは老舗で自由度の高いSeesaaか自身が株主であるサイバーエージェントが運営するアメブロあたりを考えているのですが、サイドバーの装飾を見栄えをよくする様なブログパーツとして、FLO:Qあたりを考えています。
FLO:Qの運営元はSONYなんですが、ついにポータルサイトや個人ではなく、コンテンツメーカーがこういったサービスを提供し始めたことになんだか感慨深いものがあります。
こういったサービスを提供していくには、よいコンテンツ(デザイナー)と小額決済のシステムを持っていないと存続し得ないと個人的には思っているのですが、後者はともかく、前者に関してはsonyの参入は歓迎すべきものなのかなと思います。
サイドバーにはってみた。
古いエントリーを編集したり、削除したりって作業をずっとやってきてる、ここんとこ。
そんでもって思っているのは、歳を取るにつれて中立的な文章になってきているんだけど、内容がまったくといって良いほど面白くないんだわ。これが。
確かに最近読んでいる本はどれも面白くて、ここ数年で一番といって良いほど強烈な読書体験をしているんだけど、それをどういったタッチで表現して良いのか?
これといった答えが出ないってのが現状。
わざわざ今となっては錆付いたwarcsの残骸を掲げてサイトネームにしているわけだけど、そういったことすらちょっといらっときてる今日この頃。
それこそ、自分でhtmlを手打ちで打っていた時代のほうが、
荒削りだけどいい文章書いていたなって気がする。
自分の心情に赴くままに文章を書くっていうのは簡単だし、
後で振り返ってみると気恥ずかしいんだけど、なんていうのかな、青春の残滓みたいなものが垣間見れて、自分でいうのもなんだけど微笑ましかったりするものなのだけれど。
原因は、実は分かってる。
検索対策と、過剰なアフィリエイトにあるんだってこと。
日本語っていうのは、多様な表現を(別に自分のボキャブラリーがそうだって言っているわけじゃない)幾重にも折り重ねて、情緒性を醸し出したりするわけだけれど、
こと検索の世界では、いかに同じ言葉を同一のエントリーに落としこむかっていう
ゲームのような文章を書くことが要求されるのだ。
googleは喜んでたくさんお客さんを連れてきてくれるんだけど、
僕とお客さんは面白くない。
ここんとこ書いている文章、これってどうなのよ。
ほんとにもう。
ちなみにこの文章、ものの5分で書きました。
確かに、自分の思うがままに書くのって、楽といえば楽なんです。
感情の残滓も残るしね。
作者のドウス昌代の本を以前読んだ事があって、イサム・ノグチの多面性を鋭くかつ繊細に描いていたのが印象に残っている。ドキュメントも書け、イサム・ノグチや山口淑子などアーティストのクリエイティブな側面の描写も満足できる出来であり、国際結婚をしている(と思われる)だけあって、日米両国の文化的な理解も問題ない。
日本とアメリカとの間を終生に渡って生きたイサム・ノグチは作者であるドウス・昌代にとって格好のテーマであっただろうし、そのドウス・昌代があの「東京ローズ」について書いていると言う事実を知ってしまっては、当然ながら読まないわけにはいくまい。
調べてみると残念ながら絶版のようであり、もう半年もあきらめていたのだが、たまたま神保町を巡っていたら出会ったので購入に踏み切った。
イサム・ノグチはわりと面白かったし、平積みにされてそれなりに売れていたようなので、東京ローズも機会があればオンデマンドでいいから再版してほしいものだと、切に願う。
■もう一冊読むなら
・『イサム・ノグチ〈上〉―宿命の越境者』
日米の間で揺れた彫刻家。象徴としての父親を持たず、山口淑子(李香蘭)やフリーダカーロら女性アーティストとの交遊等、作品だけでなく内面に迫った良書。
建築家は最近でこそ、デザイナーとの境界線があいまいになって、様々な経歴の人間が建築に携わるようになってきている。
建築家という職業には、僕はクリエイティブディレクターとエンジニアの2つの側面があって、日本においては後者の面が他の専攻の人間が建築に入ってくるのを拒んでいるような気がする。
海外には優れた例外もある。ミュージシャン出身のダニエル・リベスキンドや、メディア出身のレム・コールハースなど。
「佐藤可士和と幼稚園をつくる」のような、建築とプロダクトを初めとするデザイナーとのコラボレーションが進んできている現在、デザイナーへの道っていったいどうなってるんだろう、と思っていた。
完読前の感想ですが・・・
ただ、建築と違うのは製造単価が安い業界だから、
自分でプロトタイプを作ってみることができるし、
若いうちから仕事をもらいやすい。
だから、何かと若い頃にアカデミックな肩書きをつけたがるキャリア志向の建築家の卵と違って、デザイナーの卵は営業・宣伝・多作主義と、早いうちから「作ること」に向き合う。
登場デザイナーは、尾原史和(スープ・デザイン)、北川一成(GRAPH)、佐々木信(3KG)、佐藤直樹(ASYL DESIGN)、信藤三雄(contemporary production)、セキユリヲ(ea/サルビア)、祖父江慎(cozfish)、浜田武士、東泉一郎(HIGRAPH)、平林奈緒美の10名。
もちろん、インテリアデザイナーだったら、乃村工藝や丹青社、コピーライターや映像では電通、博報堂から独立するという王道ルートがあるというのを踏まえたうえで、
叶うか分からない無謀な生活を職業に変えてしまうデザイナー達の体験談はちょっと惹かれるものがあった。そんなわけでこの『僕はこうしてデザイナーになった』を手に取りました。
■こんな本も読まれています
・建築家への道
上の本の建築家バージョンです。今ではこういう本には出てくれないであろう、内藤廣、シーラカンスの小嶋一宏、妹島和世、鈴木了二、坂茂など計7名のインタビュー。
あけましておめでとうございます。
昨年は
「建築」、「旅」、「マネジメント」、そして「フィナンシャル」、
4つの柱がゴチャゴチャのwarcsポータルをお送りしました。
設計から監理に異動したこと、夏にシリア・トルコ・ウズベキスタンを旅したこと。
そのあたりで考えたことをベースにして、
今年は、「建築」と「旅」に関しては独立したサイトをつくれればいいな、と思います。
また、昨年影響を受けたサイトさま達。
・Babylon C@fe.
上記のサイト様のおかげと、時間ができたこともあり、
濃い読書時間を持つことができました。
(その代わり、財布はうすくなるばかり・・・)
同年代の異業種の方々も同じようなことや同じような本を読んでいるのだと、
実感することができました。
今年後半のスタイルで、幾つか専門的なものは順次別のサイトに移行していきたいと思います。
本年もよろしくお願いいたします。
2007.元旦 管理人拝
■「すばらしいアイディア」を待つのは悪いアイディアかもしれない
企業として早い時機に成功することと、ビジョナリー・カンパニーとして成功することは、逆相関している。
・・・すばらしいアイデアを見つけてから会社をはじめることにこだわらないほうがいいのかもしれない。なぜなのか。すばらしいアイディアにこだわっていると、企業が究極の作品だとは考えられなくなってしまうからだ。
■企業そのものが究極の作品である
すばらしいアイデアや見事な戦略が企業の成功をもたらすという見方を捨て、新しい見方を考えなければならなくなった。
・・・こうして私たちは会社を製品の手段としてみるのではなく、製品を会社の手段として見るように発想を転換するようになった。
・・・ビジョナリーカンパニーの創業者はどこまでもねばり抜き、「絶対に、絶対に、絶対にあきらめない」を座右の銘としている。しかし、何を粘り抜くのか。答えは会社である。アイディアはあきらめたり、変えたり、発展させることはあるが、会社はあきらめない。会社の成功とは、あるアイディアの成功だと考える企業家や経営幹部が多いが、こう考えていると、そのアイディアが失敗した場合、会社まであきらめる可能性が高くなる。
まさしく、このジレンマにかかったことがあります。すばらしいアイディアを思いつき実現の可能性がある場合、何が何でも実現したくなるのが人情です。その結果、少ない経営資源は枯渇し、気がつけばメンバーは疲弊の極みにある。そういうこともないではありませんでした。
簡単に言えば、何百年もの時を経て、尚生き続けることのできる人間はいないということだ。けれど、理念、ビジョン、思想は時を越えて生きる”可能性”がある。
成功を自分一代のものとするのか、そうでないのか、そこに違いがある
アメリカの建国者たちが注いだ問題はこうだった
「われわれがこの世を去ったのちも、優れた大統領をずっと生み出すために、どんなプロセスをつくることができるのか。どのような国を築きたいのか。国の原則は何か。その原則をどう運用すべきか。われわれが目指す国を築くには、どんな指針と仕組みをつくるべきか」
これこそまさに、この本の導く回答のひとつに違いないとワタシは思う。
日経平均の先物取引で巨額の損害を出し、イギリスの名門コマーシャルバンク・ベアリングズ銀行を破綻に追い込んだ、ニック・リーソンのお話し。外国人トレーダーの話ですが、投資対象が阪神大震災前後の日経平均がだったので、興味深く読めました。
以下まとめ。下線部は管理人による。
・・・それは狂気の沙汰ともいうべき仕事で利鞘も薄く、大金を儲けるには長い目で見るしかない。といっても、それは午前中とか、せいぜい一日のことである。一般的にいって、一晩をこすことはない。なぜなら、一晩あれば、いくらでも不測の事態が起こりうるからだ。大統領が暗殺されたり、雹が降って穀物が壊滅的な打撃をこうむったり、大地震が起こったり、そういうことはいくらでも考えられる。ポジションを一晩抱えることができるトレーダーはほとんどいないといっていいが、それは儲けが巨大になる可能性がある代わりに、損も莫大になるおそれがあるからである。
投資は適切なリスクをコントロールできているうちは、あくまで投資に過ぎない。
そうでなければ、株を始めとした資産運用をしている人間は、すべからくギャンブルに身を投じていると思われる。
実際に体験して感じるのはパチンコや競馬に比べて、投資が毒にも薬にもなるのは、
一つは自分でレバレッジを変えることによって、際限なくリスクをとることができる点にある。
もちろん、借金をしてギャンブルに投じることも可能だが、
個人の信用力を超えて融資されることない。
そして、もう一つは、損失の確定が行われないこと、にある。
例えば競馬の場合、レースが終わった時点で損益が確定する。オールオアナッシングだが、事前に賭けた金額を超えて損失を出すことはできない。そのかわり、もうけられなかった場合、すべてのカネを失うことになる。
株式の場合は、ある株が10%下落しても、元金がなくなるわけではない。あくまでその日の時点の損であって、あくる日20%上昇すれば利益が出る。その線引きができず、延々と取引を続けている状態に引き込まれてしまう。”賭けている”状態が長くなれば長くなるほど当然のことながらリスクは高くなる。
本書『私がベアリングズ銀行をつぶした』には、こうした投資の魔性的な側面が見事に描写されていると思う。自分への警鐘としても。
ニック・リーソンのその後を記した記事を見つけたので、付記します
・FUTBOL MUNDIAL #593●特集3:ニック・リーソン
01:FRANK GEHRY with FOSSIL
【ゲーリー デジタル リスト タイム】

ビルバオグッケンハイム美術館で有名な建築家FRANK GEHRYとFOSSILのタイアップで実現した腕時計。時間の概念を見事に壊しています。
02:Philippe STARCK with FOSSIL 【スタルク・LEDウオッチ】オレンジモデル
FOSSILはここでもやってくれます。フィリップ・スタルクとのタイアップで実現した腕時計。ノッペリと曲線と、LEDの組み合わせは秀逸です。遊び心を腕に纏う、そんな時計です
03:MOLESKINE(モールスキン)Reporter-Large

ゴッホ、マティス、ヘミングウェイ、ピカソなど20世紀を代表する芸術家、文豪たちに愛され、伝説と共に世界中に有名になったノート。旅に出る時、街に出る時、簡単なオボエガキやラクガキに愛用してます